MESSAGEメッセージ

TOP / MESSAGE

今も支えとなる両親の教えと
青春時代の原体験

父は、産婦人科の開業医でした。
多忙な父でしたが、当直の合間を縫って「気仙沼にフカヒレを食べに行こう」、「気分転換に富士山を眺めに行こう」と車を走らせ、家族で過ごす時間を精一杯大切にする人でした。
驚くほど博識で、歴史にも芸術にも文学にも造詣が深く、スコットランド人の夫とイギリスの小話で盛り上がったり、母に贈る宝石をマイルーペで鑑定したりすることもしばしば。
癌を克服した後、一度は治療のため泣く泣く諦めたゴルフのクラブチャンピオンシップに再度挑戦し、猛練習の末にクラブチャンピオンとシニアチャンピオンの座を同時に獲得するほどの努力家でもありました。
私が、己の好奇心に忠実にひたすら邁進することができるのは、そんな父の背中を見て育ったからだと思います。
医師になれば父のようになれる、そう思っていました。

一方母は、手を離して目を離さない、そんな距離感でいつも子供達を愛情深く見守ってくれていました。
小学校低学年の頃、兄と妹の3人で母の実家まで電車で訪れたときのこと。
母は物陰に隠れてずっとついてきて、無事におばあちゃんに会えたのを見届けてから、こっそり帰って行ったのです。
「子供が本当に困るまで手を出さない」それが母の教育方針。
母の存在があったからこそ、私は自由に羽ばたくことができたのだと思っています。

幼い頃「なるほど! ザ・ワールド」が大好きだった私は、世界中を飛び回り、誰も見たことのない景色を見るのが夢でした。
最初に行動したのは、中学生の頃。
アメリカに留学し、ホームステイで格差社会の現実に直面する経験をしました。
「もっと世界中の人々と関わりたい」
そんな思いを胸に、学生時代はバックパックを背負って数えきれないほどの国々を歩きました。
人種の壁による悔しさを味わい、偶然の出会いや思いがけない優しさに感動し、たくさんの豊かな経験を重ねることができたと思います。
その経験は、医師として様々な背景を持つ患者さんと関わり合う中で確実に生きています。

宇宙飛行士試験で学んだ
「協調」の大切さ

「世界中を飛び回って新しい景色が見たい」
私の夢の行き着く果てにあるものは、宇宙でした。
小さい頃から父や兄の影響で星新一の本や「銀河鉄道999」を読んでは、宇宙に想いを馳せていました。
ささやかな夢がぐっと現実味を帯びるきっかけになったのは、慶應義塾大学病院で病理を担当していた向井万起男先生(宇宙飛行士・向井千秋氏の夫)と研究室で交わした何気ない会話でした。
「江澤くん、昨日妻が宇宙から帰ってきてね、ボールペンを床に落としては重力を楽しんでいるんだよ」
その時、宇宙は決して遠い夢ではない、今の生活の延長線上にあるんだと実感したのです。
そして、医学博士を取得した年に、JAXAが10年ぶりに宇宙飛行士を募集するという知らせが飛び込んできました。
これは運命と言わんばかりのタイミングで、私は宇宙飛行士の夢に向かって一歩を踏み出しました。

約1000名の応募の中から最終選考に残ったのは10名。
そのうち女性はただ1人でした。
最終試験は、閉鎖環境の中で1週間の共同ミッションをこなすというもの。
ここでは、高度な課題であればあるほど「競争」よりも「協調」が大切であることを痛感しました。
専門分野もバックグラウンドも様々なプロが集い、1つの目的を達成するために力を合わせるのです。
各々が得意分野を最大限に生かし真剣に課題に取り組む中で、いつしか阿吽の呼吸が生まれ、ゴールに向けて物事がスムーズに流れていく。
まさに究極のチームワークでした。
1年に渡る壮大な挑戦だっただけに、あと一歩のところで夢をつかめなかった喪失感は大きなものでした。
それでも、かけがえのない仲間とのまたとない経験は、私の人生の大きな糧となっています。

医療は医学だけでは行えない。
医師として法学博士を志す
今までとこれから

患者さんの治療を行う中で、海外では普通に使われている薬でも日本で承認されていないために保険適用外となり、莫大な費用がかかってしまうケースを何度も目の当たりにしてきました。
同じ地球に生きている同じ人間なのに、法律が整備されていないために平等に治療が受けられず救われない命があるなんて…。
そのジレンマと向き合うため、早稲田大学法学部に学士入学し、法律を基礎から学ぶことを決意しました。
医師と学生、二足のわらじを履いた生活は、「毛穴から脳みそが出るんじゃないか」と思うほどの大変さでしたが、卒業論文が早稲田大学法学会学術賞を受賞したことで、同大学院博士後期課程の受験資格を得ることができました。
双子の出産を経て、念願だった博士後期課程に挑戦したのは2017年のこと。
出生前診断や着床前診断等の生殖医療は、テクノロジーの進歩がめざましい一方で、それに関する法律はほとんど整備されていないのが現状です。
その結果、決断を強いられる当の女性の負担はとても大きなものとなっています。
選択肢を多く提供しているようで、実際には個人の倫理観に決断をゆだねられ、短絡的に命に線を引き「産む」か「産まない」かの二択になってしまう。
技術先進によって患者が置いてけぼりになっている現状を改善し、あらゆる命が許容される世の中を実現するため、生殖医療に関する法律整備について今も研究を続けています。

私は、人の命と向き合う医療は、医学のみによって行われるものではないと考えています。
医師だからこそ、病院の中にも外にも、様々な視点を持っていたいのです。
博士論文を終えたその先にどんな挑戦が待っているか、今はまだ分かりませんが、自分の好奇心と目の前のやるべきことから目を逸らさず、これからも前進していきたいと思います。
そしてこの生き方を伝えることが、誰かにとって一歩を踏み出す勇気を与え、世界を広げるきっかけになれば、こんな幸せなことはないと思っています。

Sachiko Ezawa